サウナブームの熱気の中で
弊社は
あえて断熱するという
逆転の発想を提案しています
「なぜ、そこまでして断熱する必要があるのか?」
その問いに対する答えは
単なる機能の説明だけでは語り尽くせません
これは、医学の歴史に学び
まだ誰も気づいていない身体の声に耳を傾けた
ある開発者の信念の物語です
私が目指す「100年後の当たり前」について
少しだけお話しさせてください
「サウナで男性ホルモンを守る」
今の「非常識」を
次世代の「健康のスタンダード」へ

サウナ室のドアを開けると
そこには日常とはかけ離れた高温の世界が
広がっています
対流熱や輻射熱が身体を包み込み
全身の血管が拡張し、大量の汗が吹き出す
この極限状態こそがサウナの醍醐味であり
快感の源です
しかし、物理的な熱エネルギーは
身体のあらゆる部位に平等に降り注ぎます
ここで問題となるのが、耐熱性の部位差です
背中や腕の皮膚は比較的熱に強いですが
粘膜に近いデリケートな部分はそうではありません
医学的見地からも
男性の生殖機能やホルモン分泌機能は
高温環境下において一時的なストレスを受けることが知られています
精子を作る機能や
男性らしさを司るホルモンの分泌細胞は
熱に対して非常にデリケートなのです
「サウナに入ると男性機能が低下する」という
極端な説を唱えるつもりはありません
サウナ後の水風呂や休憩による
リラックス効果は
トータルで見ればプラスに働くことも多いでしょう
しかし、サウナ浴中の
「高熱に晒されている時間」
そのものにリスクがないわけではありません
私たちは
この「熱のリスク」だけを
ピンポイントで取り除き
サウナの「恩恵」だけを最大化する方法はないかと考えました
それが「物理的な断熱」です
しかし、この新しい概念を提唱したとき
周囲の反応は必ずしも肯定的なものばかりでは
ありませんでした
「これで男性ホルモンが守れるなんて、
医学的な根拠がない!」
開発の過程で、専門家から
そうした厳しい声をいただくこともあります
しかし、私はその言葉を悲観的には捉えていません
なぜなら、医学の歴史において
今日の「常識」は常に
かつての「非常識」への挑戦から始まっているからです
医学の歴史に学ぶ…
「保護」という概念が
当たり前のマナーになる日まで

弊社が提案しているたまも〜るという存在は
現時点では異端であり
非常識に見えるかもしれません
しかし、人類の衛生史や医学史を振り返れば
今の「当たり前」もかつては
「異端」や「意味のない行為」と
見なされていたことがわかります
例えば
サウナにおける「タオル」の役割もそうです
かつては汗を拭うだけのものでしたが
今では冷水で濡らして頭に乗せたり
口元を覆って呼吸を楽にしたりと
先人たちの知恵によって
「身体を守る道具」としての使い方が確立されてきました
濡れタオルは
気化熱を利用して表面温度を下げる
素晴らしい知恵ですが
長時間熱を受け続けると
タオル自体が熱湯を含んだ布のように
熱くなってしまうこともあります。
そこで生まれたのが
「サウナハット」という断熱素材の帽子であり
さらにその先にあるのが
今回私たちが提唱する下半身の保護です
歴史を見れば
予防医学の概念は常に後追いで証明されて
きました
例えば、江戸時代の庶民が房楊枝で
せっせと歯を磨き始めたとき
それが心臓の病(心筋梗塞)を防ぐことに
なるとは誰も想像していませんでした
1989年にようやく
「歯周病と心血管疾患」の相関関係を示す
論文(Mattilaら)が出た際も
当初は多くの医師が
「口の中の炎症が心臓に関係するはずがない」と半信半疑だったといいます
しかし今では
口腔ケアは全身の健康を守るための
「一丁目一番地」です
この「Mattilaらの論文」が示した事実は
衝撃的でした
口の中という局所のケアが
心臓という生命の中枢に直結していたのです
これをサウナに置き換えて考えてみましょう
下半身(デリケートゾーン)という
局所への熱ダメージは
ただ「熱い」という感覚だけの問題でしょうか?
そこは男性ホルモンという
筋肉、骨格、精神的なバイタリティ
そして社会的な活動エネルギーを生み出す
「源泉」です
局所を熱から守ることは
将来の自分自身の活力
ひいてはパートナーとの未来や家族計画を
守ることに直結する
「予防医学」のアプローチである
可能性があります
かつて歯磨きが「エチケット」から
「健康管理の常識」へと進化したように
サウナにおける下半身の保護もまた
進化の過程にあるのかもしれません
「たまも~る」も
今はまだ小さな試みかもしれません。
しかし、サウナという過酷な高温環境から
男性の根源的なエネルギーである
男性ホルモンを守る
この「保護」という概念が
100年後のサウナ文化では
「歯磨き」と同じくらい
当たり前のマナーや習慣になっていると
私は信じています。
エビデンスが
すべてを証明するのを待つのではなく
先んじて手を打つ
私たちは、100年後の人類が振り返ったときに
「あの時、これが始まってよかった」と
言われる未来を
今この瞬間から創り出していきます
今の「非常識」を
次世代の「健康のスタンダード」へ
私たちは、その歴史の転換点に立っています
医療の現場を知る人間としての、次なる挑戦

私はこれまで20年弱
広い意味で医療の世界に身を置き
三方よしの精神でビジネスを続けてきました
その私が
人生の次なる挑戦として選んだのが
この『たまも~る』です
根拠を求める声は
私たちが新しい文化の扉を叩いている音
100年後の常識を、一緒に楽しんでいきませんか?